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自転車復活の秋

その2

練習開始

いろいろ恰好付けて書いてはみたが、要するに作者が運動不足というだけの事、今からでも鍛えればなんとかなるかもしれない。つまり走り込みを繰り返せばいいわけだ。と言っても例の周回コースでは長い坂道の途中で脚が持たなくなる事は充分わかっているので、もう少し平坦な道にしよう。経験上ペダルひと踏みに大きな負荷をかけるよりも、単位時間あたりのペダル回転数を管理しながら、中くらいのギヤでクルクル回して走る方が有酸素運動となり、心肺機能や持久力を鍛えるトレーニングには適している筈だ。

河川敷を走る

近場をあちこち眺めてみたが、やはり河川敷の堤防上にある道がベストと思われる。大きな起伏もないし、何より信号がないからノンストップでの計時練習には最適だ。クルマに背後から追い越されるのにヒヤヒヤする事もない。ただしここは近所の人のお散歩道にもなっているので、歩行者や散歩中のワンちゃんには十分注意を払うべし。

というわけで片道3キロ、往復6キロの単純コースを1日1回、涼しい夕方の時間帯に目標タイムを設定して走る日々が始まった。単純なコースとは言っても日や場所によって風向きが異なるので、最初は元気が良くても終盤のペースはかなり乱れる。最初の1日目はとにかくペダルの回転数を維持する事に集中し、どうにかキロあたり3分の目標タイムはクリアしたものの、往復した後は下を向いてゼェゼェ状態だった。情けない・・。

しかしながら、3日目、4日目と続けるうちに、なんとなく変化が現れてきた。向かい風や微妙な登りはやはり辛いが、それでも脚が前に動くのだ。最初の頃は脚いっぱいに痺れたような乳酸の感覚が広がり、「もうダメだよ〜、停まって休もうよ〜」と悲鳴を上げていた太腿やふくらはぎが、それでもどうにかしてペダルを回そうともがいてくれる。これは鍛えられたと言うより、毎日の定例行事に体が慣れただけの事かもしれないが、それでもこうなると体を動かす事が俄然面白くなってくるものだ。1週間も経った頃には、再び周回コースに挑戦してみたい気持ちが沸いてきた。今度こそ自転車から降りずに、地面ノータッチで完走出来そうだ。

そして練習開始後10日目、腕時計のストップウォッチをピッと押して例の坂道周回コースに向かい、ちょっと危ないところもあったけど、タイムで36分、サドルから降りずに平均速度16.5km/hで走りきる事が出来た。途中で信号にいくつか引っかかったし、最初のトライと較べるとまあまあの数字と言える。でもまだ30分は切れていない。やっぱり坂道でスピードダウンするのと、その後の平坦路でも疲れを引きずってしまうのが原因だろう。ここから先は、もっと走り込まないと解決出来ない領域という事だ。


河口まで走ってみる

河口に向かう

さて、いくら練習と割り切ってはいても、同じ道を往復してばかりいるのもつまらない。そこでちょっとコースを延長し、河川敷をうんと先の方まで走って海の見える河口まで、軽めのツーリングをやってみる事にした。河口までは一般道で往復約20キロ強はある。ハンディGPSを積んで経路やタイムは一応測るが、速い遅いは特に考えず沿線の風景を楽しむ事にする。難行苦行をやるためにママチャリを再生させたわけではなく、今の生活をより楽しむための道具として自転車が欲しかっただけなのだから。

まずはいつもの国道3号線から始める事にしよう。ここから川下に向かって西に走り、河口に架かっている橋を渡って、帰路は向こう岸沿いに川上へ遡る。そして再び国道3号線に公差するまでの約20〜22キロの行程となる。出発は午前10時と日射しが強くなる前の走りやすい時間帯を選んだ。途中パンクも何もなければお昼前後には帰ってこれるだろう。

恥ずかしながら決行前夜はなんだか寝つけなくて困った。いい年して遠足前の子供みたいだが、こういう気持ちもずいぶん久しく忘れていたような気がする。もはや記憶も定かではないけれど、小学生の頃に初めて自分用の自転車を買って貰った日の夜もきっとこうだったに違いない。

翌朝、日頃の行いが良いせいか天気もバッチリ快晴。まず国道3号線から県道44号に進み、標識に従って川沿いに西へ向かう。風もなく、日射しもまだおだやかだ。普段のオートバイとは異なり、ジャージにTシャツ、頭には日よけのバンダナという軽装で愛車ママチャリ号に乗り込み、舗道を軽快に走り出した。最初はつい意気込んでしまいペダルの回転数も上がり気味だが、それにともなって体中の血行がどんどん高まってくるのを感じる。そのうち呼吸とペダルとが同調し、ホッホ、ホッホとリズムよく、滑らかに回るベアリングが体をどんどん前に押し出してゆく。

河口に向かう

支流の高城川との合流点に来たあたりで河川敷はいったん途切れ、川岸と民家の距離がぐっと近くなる。そのすき間を県道が河口まで延びてゆく格好で、途中には全長こそ長くないものの、自転車専用とおぼしき細い舗装路がやや高い位置に平行して作られており、普段クルマやオートバイから見るのとは違う景色を眺めながら川風に吹かれて走るのが実に気持ちよい。

いいぞいいぞ、この調子だ。しかし今日はタイムトライアルではなく普通のツーリング(いや、昔風にサイクリングと呼ぶべきか)のつもりだから、ガッチガチに気合いを入れずとも、道ばたに面白そうなモノがあったらセルフタイマーでゆっくり記念写真でも撮るくらいの余裕も欲しいところ。

川岸には竿を出す人もチラホラ見られるが、この近辺はかつて薩摩藩の殿様が釣りを楽しんだ所とも伝えられており、今もバス停の看板などに「御釣場」の名が残っている。このあたりから道の標高はグッと下がり、川の水面と路面の差がほとんどないレベルになってくる。すぐ足元に寄せる水の匂いが体全体を覆うようで、川沿いの空気に馴れない人にはちょっと鼻につくかもしれない。水面に近いという事は台風などで大水が出たらすぐ冠水してしまうから、先の台風で流されたゴミがまだあちこちに張り付いており、どの辺まで水が上がって来たかがなんとなくわかる。

地元の地名にも川がつくほどだから、住民は昔からこの川とは縁が深い。作者も小学校上級生から中学の頃までは夏場よく川遊びに行ったものだ(低学年の頃に行かなかったのは、運動神経の鈍い作者が1人で自由に泳げるようになったのが6年生の夏だったから)。

さすがに川内川の巨大な本流域では危ないのでやらなかったが、支流の高城川の上流にある深い淵で泳いだり、度胸試しと称して目も眩むような高い岩の上から(今にして思えば実質4〜5m程度のものだったろう)飛び込みをやったものだ。特に飛び込みの課題をクリア出来るのと出来ないのとでは、その後の仲間内での遊びのポジションにも微妙に影響を及ぼす事があったから、本当は怖いのを我慢して、鼻をつまんで思いきりバッシャーンと飛び込んだ。小さい子がマネしたがっても、ちゃんと見張り役の上級生がいて「ワやまだじゃっで上はイカン、途中から飛べ」と指導してくれる。そして初飛び込みに成功すると「ようやったねぇ」と褒められるのがうれしかった。

しかし最近は事故でもあったらどうするの、川遊びなどとんでもない悪行だ、とでも言わんばかりに学校や親が喧伝するものだから、川でハダカになって泳ぎ回る子供たちの歓声を聞く事はほとんどない。先日このママチャリで作者が昔遊んだ川の淵に行ってみたところ、いい釣り場だった瀬や河原はコンクリブロックやフェンスで固められ、肝心の川も生活排水か何かですっかり濁り、水垢が黒く淀んでしまっていた。これではいくら暑くたって泳ぐ気になれないだろう。モー娘。の歌に♪日本にゃ綺麗な川があるさ〜、という歌詞が出てくるのがあるが、今の日本の川はどこもそれほど綺麗ではない。ウソだと思うなら近所の河原に行って水際に立ってみるといい、一部の清流と呼ばれる著名な川や民家の少ない上流域を除いて、とても泳ごうなどという気にはなれない筈だ。


小さな神社で交通安全祈願

さて、御釣り場バス停の後は県道もぐっと道幅が狭くなり、前後に行き交うクルマをやり過ごすのにちょっと気を使う。しかしそろそろ距離的には往路の中間地点を越えたはず。ふと前方の川沿いに小さな赤い鳥居を見つけたので、休憩がてら立ち寄ってみる事にした。こういう軽い道草は速度の速いオートバイやクルマでは、よっぽど意識してやらないとむつかしい所作だ。

こんもりとした丘の下に小さなお社がひとつあり、堤防のそばに川に向かって赤い鳥居がなぜか2つ立ててある。きっと川から神さまを迎えるとか何とか、それなりの意味があるのだろう。雑草だらけの境内にママチャリを停め、キッチリ二拝二拍手一拝で道中の安全を祈願。でもお賽銭箱は見あたらず、お社の中もがらんとしている。多分ここは川も近いから、先日の台風の時にどこか奥の方に避難させたままなのかもしれない。ハダカ銭を床に転がしておくのも何だし、結局そのまま境内を後にした。

この先は県道もセンターライン付きの片側1車線に拡幅され、路側帯もちゃんとあるからクルマとのすれ違いに気を遣う事もない。ギアポジションを「速」にしてペダルを踏み込んだ。もう河口は近いゾ!