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北上ツーリング 2001年8月31日-9月21日

※文中の()内の数字記号は昭文社刊ツーリングマップル(2000-2001年度版)のページ/エリア番号です。

津軽海峡冬景色編 2001年9月7日

コース決定

盛岡を午前6時に通過し、R4を北上してゆく途上で、しだいに前方の雲が重くなっていくのがわかる。路肩の気温表示は15度。体の冷え込みを防ぐためにも、早めに雨具を装着すべきだろう。しかし小雨が落ちてきても、道ゆく人たちはいたって涼しそうな格好のままだ。買い物のお母さんも半袖ポロシャツに短パンだったりするから、ちょっとこれは理解に苦しむ。この北国の人々は、これくらいではぜんぜん寒くないのだろうか?

北緯40度線のモニュメントを通過し、R4最高地点の十三本木峠をクリア、坂を一気に下ると一戸町、そして二戸市に入る。

(東北:P87/D-1〜P93/F-2)

八戸といえば青森で、それに並んで五戸や一戸という地名があるのは知っていたが、意外や二戸までは岩手県の領域なのだ。(※注8-1)

道の駅さんのへ

青森側に入ってすぐ、三戸となる。道の駅さんのへでちょっと休憩し、売店の果物などを見て回る。時刻は午前9時ちょうど。

売り子のおばちゃんがいろいろ薦めてくれるのだけど、何言ってるのかぜんぜんわからない・・隣の若く奇麗な女性も、おばちゃんと同じくビャビヤ〜ッと喋りまくってるのを聞いてて、ますますワケがわからなくなる。どうせわからないから、鹿児島弁でわめいてやろうかとも思ったが、やめた。結局りんごを2つ買ってかじってみたら、これがすごく旨かった。

「やっぱ本場は違うなぁ!」

こういうささいな事だけでも、ずいぶん遠くに来たんだなと思う。なんたってここは本州最北端、自走で来られる北の果てなのだから。ここまで来たら本州最北端の岬まで、ぜひ行ってみたい。

道の駅を出発し、ふたたびR4を北上する。途中降り出した小雨も十和田のあたりで本降りとなり、気温もどんどん下がってくる感じ。時刻は午前10時。

(東北:P103/D-3)

そろそろこれからのコースを決めなくてはならない。この先の野辺地町から右のR279に折れれば下北半島を北上するコースで、先端部分の大間から出ているフェリーで一気に津軽海峡を越えるか、半島のどこかで宿を張る事になる。もうひとつはこのままR4を進めば青森市に達するので、そこからフェリーか宿泊か。

トリップメーター012km、オドメーター34567km

今のペースなら青森市は昼に着いてしまうだろうから、そこから行動を考えるにしても、かなり余裕が出来る。でもそこから最北端の大間まで行ってる時間はたぶん、ない。帰路に函館〜大間のフェリーに乗る手もあるのだが、願わくば北上中の今、先端にたどり着いてみたい・・その方が正しい北端への達し方のような気がするのだ。

たとえば本土最南端は鹿児島の佐多岬だが、沖縄から船で上がってきて岬に着くよりは(そんな船便はないけど)、本州から九州をずーっと南下した果てにたどり着く方が、きっと達成感も大きいだろう。おれはここまで走ってきたんだぞ、って雰囲気作りには絶対外せないと思うのだ。

というわけで、熟考のすえコース決定。大間に向かう事にする。といってもコース決定するのに要した思考時間はたぶん30秒くらいだったと思うが・・。


下北半島

雨と風の中のバンディット

下北半島の第一印象は、『長い』。

青森の上の方にちょろっと出っ張っているカギ状の半島くらいにしか思ってなかったが、実際に走ってみるとこれがなんとも長いのだ。道はきちんと整備されていて流れもいいのだけど、折からの雨と風でやたらと神経を使う。海辺を走るR279は、まるで砂丘をそのまま舗装したかのようにゆるやかなスロープが上下している。

ときおり叩きつけるような海風に逆らって陸奥湾沿いに北上し、ようやくカギの曲がり角部分にあたる、むつ市にたどり着いた。

(東北:P113/D-3)

みそラーメン

すでにお昼過ぎ、腹も減った。さいわい雨も上がりかけていたので、ラーメン屋の軒先でいそいそと雨具を脱ぐ。

マップルを確認してみると、ここから大間まではまだ50kmほど残している。県道沿いに大間と反対側に行けば尻屋岬というのがあって、「白亜の灯台・日本で一番絵になる岬」と書いてあるが、この灰色の空と強風ではロクな絵にはなるまい・・やはり本州最北端を目指すしかないようだ。

念のためフェリーの出発時間を確認すると、最終が午後4時半発。これに間に合うよう余裕を持たせていこう。ツーリングの季節も過ぎているし、よもやバイクの積み残しなどはあるまい。


本州最北端

本州最北端の碑

本州最北の駅があった(※注8-2)大畑町をすぎ、ゴウゴウと音を立てる津軽海峡を眺めながら、大間を目指す。天気がよければ北海道が見えるらしいが、重くたれこめた雲で何も見えない。もしかしたら、この海の向こうには何も無いのではないか。そんな気さえしてくる。

道の右手に「大間岬・本州最北端」の看板が現れ、案内に従ってやや細い道を右にゆく。漁村の中をゆっくり走っていくと、ときおりカモメが頭上を横切っていく。鹿児島でもよく見る景色だが、違っているのは住宅の造り。窓はだいたい2重で、焼き物の瓦屋根など1軒もない。そういえば何かの本で、焼き瓦はあまりに低温だと割れてしまって保たないとあった。ここには台風こそほとんど来ないだろうが、家そのものの造りはとても頑丈な印象を受ける。

さて、本州最北端はいきなり現れた。おみやげ屋さんの前、カーブの向こう側に広場があって、記念碑がドンと建っている。

(東北:P114/F-2)

もっと寒々とした場所を想像していたのだが、食堂やお店も多くて、観光バスもいろいろやってくる。とりあえず記念碑の前にBandit250を停め、「本州最北端バイク」にしてみる。いろんな高性能バイクがあふれかえるわが国だが、少なくともこの本州で、今このBandit250より北側に停まっているバイクは1台もない。鹿児島からの北上行によって、その全てを南側に追いやってしまった事になるわけだ。そう考えると面白い。

記念碑の海側には階段があって波打ち際まで降りていけるようになっている。風が強いわりには、打ち寄せる波はあまり高くない。近所のおばちゃんが流れ着いた昆布を集めて回っていたが、これはさしずめ本州最北端おばちゃんと呼ぶべきか。

沖にある弁天島

すぐ目の前には灯台の建つ弁天島があり、その向こうは重く鉛色の空が広がる。あの向こうに北海道があるのか・・。

そうこうしているうち、また観光バスがやってきて、ドヤドヤとお客が降りてくる。こんな雨まじりの強風なのに、やっぱり記念写真を並んで撮りたがるのは、「せっかく来たから撮らなきゃ損だ」という強制力が働いているのだろう。ガイドさんも激しい風に髪を振り乱しながら笑顔を作ってカメラを構えている。そのうちBandit250の鹿児島ナンバーに気付いたらしいおじさんが何人か寄り集まってきたが、騒々しい雰囲気にちょっといたたまれなくなって、早々にBandit250を出す。時刻は午後2時半、ちょっと早いが港へ向かって、雨宿りがてらゆっくりするとしよう。


北海道上陸

波間のスケッチ

フェリー船内では、窓際のソファに陣取ってゆっくりと海を眺めた。さっきまでは少しやんでいた雨も、海を進むにしたがってふたたび強くなってきた。お客さんはまぁまぁ多かったが、不思議とあまり賑やかな感じがしない。つい津軽海峡冬景色の一節を口ずさみたくなってしまう。

メールにて今夜の宿となる函館市内のライダーハウスの情報をHg氏やT4氏から受け取っていたが、こういったツアラー相手の簡易宿に泊まるのは初めて。 朝食つきで1泊千円、ザコ寝部屋だが布団に寝られるとあって、ほとんどテント住まいだった私には大歓迎なのだが、はたしてどんな感じの所だろう。ちょっと不安がなくもない。何日かひとりで過ごしていると、人混みの中に入っていくのが少しおっくうになってしまうものだ。

フェリーの船倉

やがてフェリーは函館港に到着し、Bandit250に乗ってゲートが開くのを待つ。雨具は完全装備、もう雨でも槍でも降ってこいの気分だったが、 ゲートが開いたとたん、ドザァ〜〜ッ!と土砂降りの雨粒が水銀灯にギラギラ浮かび上がったときは、隣のライダーと見知らぬ同志、思わず顔を見合わせてしまった。

「ハァ〜、この大雨の中にバイクで出て行けってのかよォ・・」

(北海道:P9/F-2)

陸橋をこえて函館市内のメインストリートを南下し、今夜の宿に向かう。もう路面は水浸しに近く、白いラインなんか見えたもんじゃない。 宿の場所はR5を南下して函館駅を過ぎ、ちょっと行った辺りで左に入る・・のだが、もうあたりは真っ暗。車も多く、何が何だかわからない。

しかしここで例のGPSが機能をいかんなく発揮してくれた。Hg氏に教えてもらった宿の座標を打ち込んであるので、少なくとも大外れする事はない。 数日前の都心部とは違い、距離も短い。

はたして、矢印に従って交差点を左折したその先に、ドンピシャリ。今宵の宿、ライダーハウス「ライム・ライト」に到着である。

(北海道:拡大図P68/F-5)


ライダーハウスの夜

すでに鈴なりに路肩駐車しているバイクの群れのいちばん端に停め、玄関先でようやく雨具を脱ぐと、泊まり客らしい若者が出てきた。どうやら2階が集会所らしい。廊下にはやはり雨に濡れたバッグやブーツ、メットが所狭しと並べてあり、なんとか自分のスペースをみつけてタンクバッグを落ち着ける。

何部屋かある大部屋にはすでに布団が敷きつめられてあり、この時間から寝ている客もけっこういる。この雰囲気、どこか懐かしい。そうだ、かつて仲間たちと住んでいたあの神奈川の寮にどこか似ているぞ・・。

ライダーハウスの若者たち

いちばん奥の台所つき広間に何人か集まっており、そこで千円を支払い受付。電話で連絡を入れていたせいか、なんともあっさりとチェックインは終了。 どうやら今日は私がいちばんの遠来の客らしい。とはいえ、佐賀や熊本の子も何人かいたから、そんなに違わない。

マスターさんに銭湯やコインランドリーその他、生活に必要なお店の記してある地図をもらい、さっそく向かいの銭湯へ。今日は雨具ばっかり着ていたせいか、かなり汗臭い。

缶ビールをひっかけて気分よく帰ってきたら、甲種焼酎の巨大ペットボトルを前に、広間でいきなり宴会が始まった。ほとんどは10代から20代前半の若者だが、おじさんも何人かいる。中には50過ぎてから会社を辞め、北海道を回っているツーリングライダーもいたりして、話はつきない。

バイク乗りに限らず、チャリ旅や徒歩旅の若者、ヒッチハイカー、なぜか函館で教師の採用試験を受けるために連泊している人もいて、 同じ旅でも先刻大間岬にパック輸送されてきた観光バス客とはイメージがまったく違う。

なるほど・・ライダーハウスとは、こういうものなのか。

外は大雨で有名な函館山からの夜景も見られないが、この黒い雲の向こうに、なにか暖かく輝くものが見えたような気がする。

そうだ、ここは北海道。夢に見た北の大地なのだ!

※注8-1
一戸・二戸以外に九戸も岩手県内。数字プラス戸の地名は一戸から九戸まであるが、縁起を担いでか四戸のみ存在しない。
※注8-2
本州最北の鉄道駅、下北交通大畑線の大畑駅。昭和14年に開通した大畑線はこの年の3月いっぱいで廃線、62年の歴史を終えた。駅舎はバスの待合室になっている。

本日の走行
317km トータル2,070km
ガソリン
941円(十和田南・175km/8.5L)
食費など
1,970円
フェリー代
2,290円(大人ひとり2等室1,170円 バイク1台1,120円)
風呂と洗濯
1,000円
宿泊
1,000円(函館・ライムライト 朝食つき)
合計
7,201円